RPGを遊ぶための心得集

はじめに

最近、とみに思うのですが、何だかRPGの遊びかたを勘違いしている人が いるのではないでしょうか。 もちろん、こんなことを言うと、次のような反論も聞こえてきます。

「勘違いもなにも、そもそもRPGに『これこそ正しい遊びかた』ってなものは 存在しないんだ!」

なるほど。確かにそうかもしれません。 しかし、他の遊びからのアナロジーで考えてみましょう。 例えば、囲碁。囲碁は、ルール自体は非常に簡単です。 1時間もかからず(いや30分もいらないか)、ルールは全て説明でき、 また理解できるでしょう (多少の実習までも含めて)。 将棋でも、おそらく1時間もあれば、やはりルールは全て説明でき、 また理解できるでしょう (こちらも、多少の実習までも含めて)。

しかし、これらのゲームは、ルールを知っただけでは、現実的には楽しくは 遊べません。というのも、何よりもまずそのゲームの考えかたの 感覚をつかみ、また多少は定石などを覚えなければ、お話にならないのです。

これらのゲームは、その上達がプレイヤーの強さとして目に見えます。 だからこそ、もっと上達しようという意欲にもなるでしょう。 また、上達することによって、そのゲームに強くなるのはもちろんですが、 そのゲームをより楽しめるようにもなることが分かってくるのです。

ところがRPGの場合、上達は目に見えません。 もちろん、上達すれば、RPGであってもより楽しめるようになるのですが、 楽しめるということが主観てきな感覚であるために、「上達すればより 楽しめるようになる」 とは言ってもなかなか理解できないものとなっていまし、 説明も難しくなっています。

さらに言えば、RPGは数人が集まって遊ぶものですから、 仮にその中の1人だけが上達を考えていても、 残りのメンバーも上達を考えないと、 1人だけでは上達の程度が感じにくいということも有ります。

そこで、こういうことに注意して遊んでみたら、 これまでとは少し違う、そしてより楽しいセッションができると思うことを いくつか挙げてみたいと思います。

で、とりあえずいくつか書いておきますが、もしも何か思いつくことが 有りましたら、ぜひお報せください。どんどん追加していきたいと思います。


GMのための心得


●GMは、プレイヤーを楽しませる義務がある

GMは、シナリオの作成からセッションの進行、そしてPCの目や耳その他の感覚を プレイヤーに伝えることなどの作業が有りますが、 それらは全てプレイヤーを楽しませることを至上目的としています。

これを別の言いかたをすれば、「プレイヤーが楽しいセッションを 行なうことこそ、GMの楽みであると知れ」と言えるでしょう。


●GMは、セッション参加者中で、セッションに対して最大の支配権を持つ

まぁ、言うまでもないことでしょう。 仮に、GMがルールの堤要を間違ったとしても (もちろん、そういうことが無いに こしたことは無いと思いますが)、 そのGMの判断こそが正しいのです。 なぜなら、RPGはだいたいにおいて厳密なルールの適用よりも なめらかなセッションを必要だからです。 厳密なルールの適用をするためにセッションがとぎれてしまうよりは、 間違った適用ではあってもセッションの流れをとぎれされないことのほうが 優先されます。

プレイヤーが、ルール適用の誤りを指摘することは可能ですが、 その指摘を考慮に入れるかどうかはGMの判断にまかされています。


●最大の支配権は両刃の剣である

GMの支配権に使用を誤ると、プレイヤーからそっぽを向かれます。 例えば、GMの自己満足的なあるいは独善的なシナリオばかりをやっている ようでは、プレイヤーが集らなくなるでしょう。


●GMは、セッションをなめらかに進行させなければならない

なめらかなセッションこそ、GMの目指すものです。 ルールや世界に対する知識の不足によるセッションの中断こそ忌むべきものです。 そして、PCの行動に対する臨機応変かつ速やかな対処こそ誉まれるべきものです。 なぜなら、セッションの中断は、プレイヤーの集中力を減退させ (あるいは逸らせ)、 またGMに対する信頼を失わせ、 その結果としてセッションの楽しさを減退させてしまうからです。


●GMは、セッション参加者の最大多数の楽しみを確保しなければならない

仮に、1人、セッションとはほとんど関係なく、とにかくしゃべり続ける プレイヤーがいたとしましょう。 その行為は、他のプレイヤーの、そしてGMの邪魔以外のなにものでもありません。 そこで、そのような場合、その邪魔なプレイヤーをセッションから排除するなどの 強権を行使しても、セッション参加者がより多く楽しめるようにしなければ なりません。


プレイヤーのための心得


●プレイヤーは、GMを支援するべし

GMは、プレイヤーを楽しませようと、孤軍奮闘しています。 そのGMに対して無理難題やいちゃもんをつけることは、GMの努力に対する 最大の侮辱です。 なにしろ、ただでさえセッション中におけるGMの作業量は膨大なものになります。 それに加えてプレイヤーの無理難題やいちゃもんに対処することは、 GMの作業量を著しく増大させ、その結果、GMが本来行なうべき作業を おろそかにさせてしまいかねません。 その結果は、セッションの楽しさの減少としてプレイヤーにはねかえってきます。

とは言え、多少は不可抗力と考えざるを得ない場合も有ります。 というのもプレイヤーはセッションの進行方向が分かりません。 ですから、どうしてもGMの予想や、あるいはGMの作ったシナリオから 外れてしまう行動を取ってしまうことも有るでしょう。

ですから、可能な限りシナリオの先を読むように努力し、 GMを支援するようにしなければなりません。


●セッションは自己主張の場ではない

セッションは、プレイヤーの自己主張の場ではありません。 参加者全員が楽しむための場です。 その場で、あるプレイヤーが自分が楽しむために自己主張を強く行なうと、 他のメンバーに迷惑をかけます。

例えば、自己主張の強過ぎるプレイヤーがいると、 GMはどうしてもそのプレイヤーの自己主張につきあわなければならなくなります。 その結果、他のプレイヤーに対応する割合が減り、 その結果として自己主張の強いプレイヤー以外のプレイヤーにとっては、 そのセッションはつまらないものになってしまいます。

また、PCの行動に関する自己主張以外にも、 何やかやととにかくしゃべるプレイヤーもいます。 これは、単に自己主張が強いプレイヤーよりも悪いことです。 なぜなら、単にセッションの進行を邪魔しているだけだからです。

なお、ルールや世界についての疑問点が有れば、これはどんどんGMに 質問を行なうべきです。 これはその質問を行なうプレイヤーだけでなく、セッション参加者全員にとって、 そのルールや世界をより良く知る機会を与え、より楽しめるセッションのための 準備となるからです。 まぁ、とは言え程度の問題が有りますが...


●プレイヤーは、他のプレイヤーを支援するべし

「自己主張の場ではない」と関係しますが、 全プレイヤーのPCにそれぞれ見せ場を作る、 あるいは少なくとも全プレイヤーに発言の機会を与えるように、 全プレイヤーは行動しなければなりません。 少なくとも発言できることにより、プレイヤーは「何かをやった」という 感覚を得ることができ、そのことが少なくともRPGの楽しさの一部であるからです。

これは、間接的にですがGMを支援することにもなります。 その結果、GMの作業量を多少なりとも軽減することができ、 それがセッションの質などを通してプレイヤーに戻ってくることになります。

また、やたらしゃべることでセッションの支配権を取ろうとする プレイヤーがいます。

以前、D & D などでは、プレイヤー・グループの代表として コーラーという役割が有りました。 コーラーは、プレイヤーの行動をまとめるさいのいわば議長であり、 またそれを明確にGMに伝える役割を持っていました。 しかしコーラーは、プレイヤー・グループの支配者ではなく、 議長でした。 支配者と議長の違いをきちんと認識しなければなりません。

プレイヤー・グループの支配者となろうとすることは、 他人を自分の支配下に置くことであり、気持の良いものかもしれません (正直に言うと、私には「支配することが気持が良い」という感覚自体が 理解不可能なのですが... )。 しかし、それは支配下に置かれたプレイヤーの楽しみを奪うことであり、 RPGのセッションにおいては許されないことなのです。