#. ルール・ワールドは絶対か?

ほとんどのRPGは、ルールと世界設定がペアになって1つの商品となっています。 また、RPGの遊び方やあるいはルールや世界設定の理解についてオフィシャル 第一主義というものもあるそうです。

RPGにとってオフィシャルとは何を意味するのでしょうか? また、オフィシャルなものに従う以外の遊び方は許されないのでしょうか?

そんなことを考えてみます。

#. ルールは絶対か?

さて、そもそもRPGとは何なのかという話題については、 こちらですでに触れている。 ここでは、特にシステムについて考えてみたいと思う。

RPGのシステムというのは、いわばその世界を定義するものである。 背景世界だけを言っているわけではない。 いわゆるルールも、その世界を定義しているのだ。 例えば、D&Dにおいては明確には背景世界の記述はなされていない。 しかし、魔法使いは、その日に覚えた魔法しか使えないというルールが有る。 このようなルールもまた、その世界を定義しているのだ。

またシステムというと、ルール・ブックに書かれていることだけを連想しがちだが、 RPGにおいてはそれほど単純な話しではない。まずは、この話から始めて行こう。

RPGにおいて、システムというのは必ずしも閉じたものではない。 例えば、コンピューターRPGのシステムはユーザーに対して閉じた世界であるのに対し、 テーブルトークRPGは開いている。 どういうことかというと、RPGにおいてユーザーは、シナリオによってデザイナーが 提供したシステムに参加できるということだ。 システム上で遊べるだけではなく、システムそのものに参加できるのである。 例えば、判定における修正値の設定、判定に使う能力値や技能の撰択、 ルールに規定されていない行動オブションに対する処理など、 システムの適用にユーザーが参加できるわけである。

もうちょっと強い参加だと、ハウス・ルールなどの設定となり、 さらに強い参加になると、世界やルールの改変ということになる。 まぁこれもハウス・ルール、ハウス・ワールドだと言えばそうなんだが。 ユーザーによるシナリオ作成は、こっちでも 触れたように、不可避の問題であるとともにRPGの面白さを引き立てる 要因にもなっている。 つまり、RPGというのはデザイナーとユーザーの共同作業で作られる システムによる遊びと言えるだろう。 他の遊びにおいても、同様の現象が起きないわけではないが、 RPGは必ずユーザーのシステムへの参加を求めるという点で、 他のゲームと異なっていると言えるだろう。 こんなことを、どこかで読んだような気がするのだが、 どうしてもどこで読んだのか思い出せない...[達人]あたりがくさいのだが...

というわけで、ここで結論になってしまう。 さて、RPGがユーザーに対して開かれたシステムであるということは、 結局システムはデザイナーからの1つの提案にすぎないということになる。 とすれば、ルールは絶対でもなんでもない。

では、どのような改変も許されるのかというと、これがまたなかなか そうは行かなかったりする。 というのもデザイナーの意図した範囲を越える改変が行なわれると、 ルールがうまく動かなくなってきたりするのだ。 改変好きな方にはそういう経験も有るだろう。 というわけで、どの辺にその境界が有るのかが分かれば良いのだが、 おそらくはルール・ブックを良く読んで判断するしか無いだろう。

#. ワールドは絶対か?

オフィシャル・ワールド信仰とでも言うべきものがある。 もちろん公式な世界設定が潤沢に提供されている方が良いことは良いだろう。

しかし、結局のところRPGのセッションは、あるいはシナリオは それを遊ぶグループで催され、あるいはそのグループのために作成される。 そのシナリオはグループに合わせて作成され、 そのセッションの結果として、すくなくともPCに見える部分での世界は グループごとに異なってくる。

大筋ではオフィシャル・ワールドが提供するタイムラインや、 イベント、場所の設定に従う場合であっても、 具体的な内容はグループごとに異なってくるわけだ。

ならば、必ずしもオフィシャル・ワールドに縛られる必要はないだろう。

つまり、ワールドも絶対ではないのだ。

もちろん、システムの場合と同様に、だからと言って 何でもOKというわけには行かないだろうが。 例えば、D & D にサブマシンガンを導入する場合、 これは単に世界の問題ではないが、 単純に導入するわけには行かないだろう。 そのような変更は世界観を変更することになりかねない。 あるいは Shadowrun を、時代劇調勧善懲悪的世界に塗りかえて しまっては、Shadowrunの持ち味であるダークさ、あるいは punk らしさが 消えてしまう。

#. ルールは絶対か?

つまり、ワールドもシステムも絶対ではないのだ。 ユーザーに提供される原形あるいは雛型とでも呼べるようなものと 言うのが適当ではないだろうか。

各グループは、それぞれのグループに合わせて システム (というよりも個々のルール) に手を加え、 ワールドにも手を加えて、実際に遊ぶことになる。

もちろん、どの程度手を加えるかはグループごとに違いがあるだろう。 そして、オフィシャルに従うべき部分も有るだろうし、 オフィシャルに従う必要の無い部分もある。

ともかく、オフィシャル信仰は無用の長物である。