#.Role Playing Gameとは、一体何なのだろうか?

はじめに

ここでは、RPGとは何なのかを考えてみたいと思います。いろいろな視点か らRPGについて考えています。

これまでにいくつかの別々のファイルだったものをまとめ(あるいはリンク を張り)、加筆・修正しました。中には、既に他の文章において考察を進めた ものもありますが、とりあえず現時点ではこの文章の中にも残しておきます。

まだまだしっかりした文章にはなっていませんが、また考察を行ない、い ろいろと手を加えていきたいと思います。

目次

#. Role Playing Gameってなに?

まずは「RPGとは何なのか?」ということから考えてみたいと思う。これか ら色々考えていくんだけど、まずRPGとは何なのかを私なりに整理しておきた いと思うのです。

Role Playing GameってのはやっぱりRole Playするゲームなんだけど、そ もそもRole Playってのがどうもいまいちピンとこない。というわけで、この 章は、特に、RolePlayとは何なのかについてを中心的な視点として考えてみた いと思います。

#.#. Role Playって何なんだろう?

やはり、名前の中に入っている言葉だけに、多少なりとも考えてみないわ けにはいかないことだと思う。

例えば、心理療法の1つにRolePlayというものが有る。これは治療に当たる 心理療法士が、患者にわざと患者当人とは異なる性格を演じさせることによる、 治療の1手法なのだそうな。RolePlayという言葉の語源はこの療法に有る[達人]。 それはRPGを最初に作った人達が、両者に何らかの共通点を見い出したからこ そだろう。

D&D以降 (Chain mailのFantasy サプリメントがRPGと呼べるかどうか にもよるが、とりあえずD&Dを最初のRPGと考える)、おそらく今にいたるまで、 原則的には、RPGにおけるRolePlayとは「職業にふさわしく振る舞うこと」と 言えるのではないかと思う。これはつまり、「キャラクターのクラス (職業) にふさわしく」であったり、あるいは「キャラクターの役割 (Role) にふさわ しく」ということだ。

もっとも、Traveller以来、「PCの職業」と言ってもあまりはっきりしない ようなRPGも数多くある。Travellerの場合であれば、職業というよりもPCの経 歴などを考えることになるだろう。このような場合、RolePlayという言葉はお そらくD&Dにおいて使われていたであろう意味よりも、より演劇などに近 くなると思われる。とは言え、結局のところ「それらしく振る舞う」というこ とに変わりは無い。違いは、「Systemに規定されている職業にふさわしく...」 と「そのPCの経歴やパーティー内での役割 (Role) にふさわしく...」という くらいであろう。

もちろん「そのPCらしく振る舞う」と言ってしまっても良いのだが、これ ではどうも結局わけが分からないという話になってしまう。つまり、「PCらし く」とはどういうことなのかというわけである。これを考えてみると、結局は 上に書いたようなことになるのだろうから、上のようなところで、ここでは良 しとしておくことにする。

まぁ、それでも言うなら、「役割にふさわしく」とは言ったところで、同 じことをやるのにもさまざまなやりかたが有るわけで、「PCの行動や思考や感 情の様式を表現するようにふるまう」ということを追加して考える必要が有る かもしれない。

ただし、「行動や思考や感情の様式を表現」するとは言っても、いわゆる 「なりきり」とか「キャラクター・プレイ」を想定しているわけではない。い や、「なりきり」や「キャラクター・プレイ」を否定するわけではないが、私 は「Roleplay == なりきり」とは思っていないということだ。

そもそもなぜ「PCの行動や思考や感情の様式を表現するようにふるまう」 のかと言えば、繰り返しになるが、もとはと言えば、RPGにおけるRoleplayっ てのはプレイヤーグループ (PCグループと言ったほうが適切ですけどね) の中 での役割分担だった。前に出て闘うとか、後方から魔法で叩くとか、治療する とかっていう感じの。なぜそうなっていたかと言えば、結局のところオールマ イティな存在は神以外には存在しないという D & D のというかキリスト 教的な考え方、もしくは厳然とした事実が有って、だからこそPC達は何人かで パーティーを組み、互いの長所を組み合わせて苦難に立ち向かうという形式が 生まれたと言えるんだと思います。

ところが、RuneQuest か Traveller から、既に明確な職業というものは影 が薄くなってしまい、「そのPCの経歴やパーティー内での役割にふさわしく...」 という感じになってくる。これが一歩進むと、というかもうちょっと一般的な 表現にすると、「PCの行動や思考や感情の様式を表現するようにふるまう」と いうことになるわけだ。別の言い方をするならば、職業というような「役割分 担」を明確に示す基準が弱くなったため、「PCの行動や思考や感情の様式」と して「役割分担」を考えるというわけだ。

もしも、そこまでをも RolePlay であるとか役割分担と考えるのが嫌な場 合、この「PCの行動や思考や感情の様式」ではなく「PCのスタイル」と考えて くれても良い。私が言いたいのはどちらでも同じことだ。「なりきり」や「キャ ラクター・プレイ」と勘違いされそうなのも、どっちでも同じだし。ただ、最 近 (でもないか) のRPGにはPCのスタイルを強く支持するものが多いような気 がする。ShadowRunも、Vampireもそうだ。これらはRolePlayとは別に、いやもっ と根本的なところでのスタイルを支持している。考えてみれば D & D だっ てそうだったのかもしれないが...

なお、「なりきり」や「キャラクター・プレイ」についてはまた別のとこ ろで考えるつもりである。

#.#. Role Playing Gameってなに?

とりあえず、Role Playは上に書いたような定義としておくと、「それを名 前に含んだgameってのは何なの? どんなgameなの?」という話になる。

RPGの字面どおりに解釈すれば、「Playerが、そのPCの経歴やパーティー 内での役割にふさわしく振る舞うgame」ということになるのだが、どうもこれ ではRPGがどのような遊びであるのかがまったくはっきりしてこない。それが なぜかと考えてみれば、結局「何のためにRole Playをするのか?」という問題 が考えられていないからだということに気がつく。

「何のためにRole Playをするのか?」と最近のRoleplaying Gamerに聞い てみれば、おそらくは「楽しむため」という答えが返ってきそうである。しか しそれ以前の問題が有ることに気がつかなければならない。つまり、RPGにお いてはセッションが行なわれてこそ「楽しめる」ということである。つまり、 「何のためにRole Playをするのか?」という問いに対しては、「RPGのセッショ ンにおける目的は?」という質問に置き変えても良いだろう。ここで、この問 いの答えが「RolePlayすること」と答える人もいるだろう。しかし、それでは 循環してしまうのみで何ら生産的ではない。ゆえに、その答は却下せざるを得 ない。この文章とは異なる問いを立て、あるいは異なる流れであればそういう 答も可能かもしれないが... 結局、この問いをさらに言い換えるのであれば、 ここで考えているRPはRPG内においてなされるものであるのだから、「RPGのセッ ションにおいて何をするためのRole Playなのか?」と言えるだろう。

さて、「RPGのセッションにおける目的は?」の答えだが、まずは「タスク を達成すること」と言えるだろう。そうすると、「RPGのセッションにおける 目的は?」、「タスクを達成するため」であり、RPをする理由は「RPGのセッショ ンにおいてタスクを達成するためのRole Play」となる。ここで言っている 「タスク」とは、そのシナリオにおいてPCが達成しなければならない目的であ る。その目的は、GMによって設定されているわけである。そういうタスクが設 定されないセッションというのも考えられないわけではないが、とりあえずこ こでは考えない。というのも、そういうセッションは非常に稀であると思うか らである。もっとも現実にはGMの設定した目的を無視してしまうような場合も 有る。しかし、とりあえずここではそのような例は例外と考え、考慮からはは ずしておく。これを考慮に入れると、ちょっと面倒になりそうだからである。

それはともかくとして、先のような回答が得られると、次に「なぜタスク 達成のためにRole Playをするのか?」という疑問が出てくるだろう。

これに答えるためには、RPGのセッションの構造を考えなければならない。 これは、結局「playerはPCを通してセッション内の世界に関与する」というこ とである。つまりセッション内の世界において行動するのは、playerではなく PCなのである。というわけで、「なぜタスク達成のためにRole Playをするの か?」という問にも答えが出てくる。「セッション内の世界に関与するのはPC だから」であり、これは「RPGという遊びが設けている前提条件」なのである。

あるいは、別の言い方をすれば、D&D以来、PCは万能では無いという大 前提が有る。つまり、タスクを達成するための手段やスタイルが、職業だとか 役割だとかによって、個人的には大く制限されている。言い換えれば、PCとい うのはRPGを遊ぶ上で導入された制限に他ならない。だから、ほかのPCやプレ イヤーと協力することによってタスクを達成するということになるのだ。これ はある意味ではRPGをパズル的に見ているとも言えるだろう。このこと自体は、 現在でもとりあえず残っていると考えられます。もちろん、人によってグルー プによって要求する「万能性」の程度は違うでしょうが。

念のために言うと、 私が物語の作りかたとかで 言っている「シナリオを物語としてとらえる」という考えかたと、 ここで言っている「パズル」というのとは、矛盾しません。

物語という形式のパズルと思ってくれれば良いでしょう。 あるいは「文章問題」って感じかな?

そして、PCはあくまで、ある世界の中で活動するのであるから、言い換え れば、ルールに従ってその行動の成功・失敗を決めるのだから、その判断をす る人物が必要となる。もちろん、そのような人物を置かなくても構わないのだ が、そういう特殊な役割を置いた方が話が簡単になったり、また各player間に おけるひいきやごまかしなどを少なくする、あるいはそういう事態になっても 責任の所在を明確にできるという言わば人間性悪説にもとづく判断から、いわ ゆる審判役の人間をだいたい1人置くことになっている。その審判役の人間を Game Master(GM)などと呼ぶ。

というわけで、話を整理してみると、まずRPGは次のような性質を持つ遊び と言えるだろう。

このうち、前半の3つの項目については、RPGのパズル・ゲーム的な要素が かなり強調されているような気もするが、それはそれでしかたがない。

#.#. ちょっと待った! タスクって何?

先の説明で、タスクという言葉が出てきました。タスクとは何なのでしょ うか? 簡単に言ってしまえば、PCが達成すべき目標という言えるでしょう。

そのタスクは、GMによって決められ、そしてシナリオに記述されています (ただし、明示的に書かれているとは限りません)。特に、最近ではあまり行な われなくなったようですが、ダンジョンを歩き回って、モンスターを倒して財 宝を取ってくるという、いわゆるダンジョン探索型のシナリオの場合は、PCの 目標も非常に明確です。では、最近多く行なわれているストーリー指向、つま りRPGで物語性を重視しようという傾向のシナリオにおいてはどうでしょうか? 実を言うと、これもかなり明確な目標がGMによって与えられます。例えば、 「敵をやっつける」とかいう感じです。ただし、ダンジョン探索の場合よりも、 様々な種類の目標が考えられることになります。

で、一般のゲームとRPGの違いは、ここに表われてきます。つまり、一般の ゲームにおけるタスクは、いつ、どこで、誰と遊ぼうと一定です。つまり、プ レイヤーはそのゲームにおいて、ある一定の目標を達成するように行動するこ とになります。早い話が、相手に勝つということですね。しかし、RPGの場合 (シミュレーション・ゲームも同様の傾向が有るのですが)、シナリオによって、 タスクが異なってくるのです。もちろん、正確に言うならば、これまでのとこ ろおよそ数個程度のタスクの型が有ると見なされているようです。

この分類は、「6つの世界の物語」、わきあかつぐみ著、マクロデザイン出版局刊 に基づいています。

もちろん、実際のシナリオにおいては、もうちょっと色がついたものにな りますが...。これら、GMによって提示されたタスクを達成することがセッショ ンの目的となります。その目的を達成できれば、「勝った」と言えるかもしれ ません。

#.#. シミュレーション・ゲームと何が違うの?

さて、シミュレーション・ゲームとRPGは非常に近い関係に有ります。ゲー ムとしては、シミュレーション・ゲームはRPGの親の1つにあたります。しかし、 シミュレーション・ゲームとRPGで決定的に違うのは(これまた例外が有ること は有るのですが)、シミュレーション・ゲームにおいて、プレイヤーがあやつ るのは集団であるのに対し、RPGにおいては個人であるという点です。これは、 単位の問題と考えて良いでしょう。実際には一人のプレイヤーが複数のPCを操 ることもありますが、しかしその単位はあくまで個々のPCです。

RPGにおいては、PCである個人の個性 (性格も含めるが、どちらかというと 能力差という意味あいが強い) に、行動の成功や失敗の判断が影響を受けるわ けです。言ってしまえば、シミュレーション・ゲームにおける1つの駒が、RPG における1人のPCにあたるわけです。

しかし、個人を対象とすることにより、若干状況が変って決ました。一言 で言ってしまえば、PCは単なる駒ではなくなったということです。プレイヤー にとって、PCは単なる使い捨ての駒ではなくなり、感情移入の対象となったり、 プレイヤーの分身となったのです。あるいは、自分がゲーム内で何をやってい るのかが、はっきりと見えるようになったと言っても良いでしょう。

えと、とりあえずこのくらいで良いでしょうか?